現地からのレポート

宮城県:東日本大震災直後の写真 現地からのレポート⑧

 宮城県在住の校友で東日本大震災を現地で経験された、米田公男さん(S57文)から「被災地のことをもっと知ってもらいたい」と、震災直後と8月6日に撮影された被災地の写真をご提供いただきました。
 左に掲載されている写真は宮城県牡鹿郡女川町で撮影されたものです。
 その他の写真を以下のリンク先に掲載いたしましたのでご覧ください。

 ・牡鹿半島荻の浜 墓石改修工事 ボランティアと一緒に作業
 ・三竜_給水活動、利府給水所
 ・震災(2枚)
 ・東松島野蒜駅周辺(4枚)
 ・石巻市門脇_西光寺(2枚)

 ・石巻_雄勝8月6日現状(2枚)

宮城県被災地視察及び校友会総会訪問レポート2 現地からのレポート⑦

 東日本大震災復興支援特別委員会の委員として10月22日、23日と現地視察、宮城県校友会総会に参加させて頂きました。
 震災から半年以上が過ぎ、現地はがれきの撤去等が終わっていて、もともとここには何もなかったんじゃないかと思ってしまうくらいの光景に驚きを隠せませんでした。
 不思議だったのは、そんな中でもお会いする人々からは悲壮さを感じることがあまりなかったことです。半年以上の時間の経過が、被災者の方々の気持ちを落ち着かせたこともあるかもしれませんが、それ以上に逆境を乗り越えようという強い意思を、お話する皆様から感じたように思います。
 特に現地でお話を伺った、地元でかまぼこの生産・販売をおこなっている「株式会社ささ圭」の佐々木ご夫妻の「工場・社屋を被災して失ったが、店舗内での手作業の生産によって販売を継続している」というお話には感銘を受けました。
 また、今回宮城県校友会総会及び懇親会にも参加させて頂きましたが、東北地方という決して母校から近くない土地にこれほどの校友の方がいてその会に参加されていることに立命館大学校友の絆の深さを実感しました。
 今回の経験を復興支援特別委員会で意味のあるものに出来るように今後も努めて行きたいと思います。(山口 統也(H18 経済))

震災復興支援活動「福島漢字探検隊―漢字あそび大会」開催 現地からのレポート⑥

 9月23日(金・祝)・24日(土)に、福島市の子どもの夢を育む施設「こむこむ」で「福島漢字探検隊―漢字あそび大会」を開催しました。
 この催しは、学校法人立命館東日本大震災特別検討プロジェクト・災害復興支援室が教職員に対して募集した「東日本大震災 復興のための『私たちの提案』」事業に採択されたものです。立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所は、福島大学人間発達文化学類 澁澤 尚研究室と共同で「漢字で元気に」プロジェクトを福島県で始動することとしました。「漢字で元気に」は、年齢・性別に関わらず共通の話題にできる漢字・日本語を、家族をはじめとするコミュニティーの交流ツールとなるように、そしてそこから生まれてくる絆の力を震災復興に向けられるように、さまざまな話題や知識を提供する活動を行おうとする試みです。
 その第一弾とした本イベントを開催し、市民を無料招待しました。漢字・日本語をテーマにしたゲーム(かるた・トランプ・双六など)や漢字グッズの当たるクイズ大会・画数ビンゴ大会、古代文字で名前を書く等の催しや、白川静博士の紹介、学習用教材の展示などを行いました。
 「震災・放射能の影響でたくさんのお友達が一時的に福島を離れました。精神的にも子どもたちの負担が大きい中。あそびながら漢字に親しむという、学びの楽しさに触れることができ、ありがたく思います」という感想もいただきました。会場には2日間で約200人が来場。地元紙の取材も受け、福島県在住の校友も多数来訪、家族や友人同士でゲームやイベントを楽しむ声が終日響いていました。
 これからも福島大学等と連携しながら継続的にプロジェクトを進めていきます。(久保 裕之(S62 法))  ※写真は会場の様子です。

宮城県被災地視察及び校友会総会訪問レポート1 現地からのレポート⑤

 10月22、23日、東日本震災復興支援特別委員として、宮城県被災地視察及び校友会総会へ参加いたしました。これまで、6月末より計4回の委員会を大阪で開催し、第一次復興支援事業計画を取りまとめましたが、一度も現地に出向くことなく議論し、果たしてこれらが本当に“支援”になるのだろうか、一方通行の計画になっていないか、という問いかけの確認のためであり、また、今後の支援事業拡充のための訪問でありました。
 宮城県名取市閖上地区を視察いたしました。震災後7ヶ月半が経ち、仙台駅周辺は何事もなかったように活気ある街並みでしたが、同地区は本当に何事もなかったかのように静かにときが流れていました。想像していた悪臭や無数のガレキの山はなく、本当にここに街があったのか、人々が生活をしていたのか、と感じました。街の高台にある神社より見渡すと、どこまでもガランとした空地が広がっているようでした。しかし、地震・津波を経験された校友の方々のお話で、それらの脅威を感じ、震災はまだまだ現地の方々の中で生きているのだと思いました。そして、何とか前に前に進もうとする強い意志を感じ、私も日々の生活において、現実から逃げず、前に進もうという思いを強くいたしました。
 人間というもの、時間が経つと、古い情報を新しい情報へ更新し、古いものを忘れてしまいます。しかし、この未曽有の震災は忘れてはなりません。立命館大学という広域のネットワークを活かし、現地のレポートや校友の方々の生のお声を伝え、双方向の支援ができるよう、これからも活動をしたいと思います。(藤井 久実代((H19 国際))

福島県校友会総会訪問レポート2 現地からのレポート④

 先月、東日本大震災復興支援委員会の活動で、福島県校友会総会に参加しました。  3月11日から半年が経過した時期に開催されると聞いた際は、その早さの驚きとともに、復旧の足音が聞こえてきそうな気がしました。1995年に兵庫で、そして今回は東京で、それぞれ地震を体験したものの、その程度の違いが計り知れない東日本大震災に遭われた方々のために何ができるのか、正直自分には何ができるのかわからないまま、「これでいいのか?」と自らに問い掛けながら東北新幹線で福島へ向かっていました。
 しかし、会津若松に到着し、校友の皆様と出会い、お話しさせて頂く中で、震災後の皆様の生活や仕事のご苦労を耳にしていろいろ考えさせられたのと同時に、福島県校友会の皆さんが明るく楽しくお話しされていることに只々驚くばかりでした。そして、東京から来た私たちに温かいお声をかけて頂き、「若い人が来てくれるだけでいい」と伺った時に、自分が新幹線で憂慮していたことが重要なのではなく、一歩ずつでも行動を起こすことが大切なのだと改めて認識いたしました。
 また、総会では理事長を始め、校友会会長や遠方からもいらした方々も多く、今回の総会の重要性を実感しました。また、辻寛東日本大震災復興支援特別委員会委員長・兵庫県校友会会長のお話の中で、阪神淡路大震災の経験を通じての「継続的な支援の重要さ」を述べられたことが最も印象的でした。
 被災地から離れた東京では震災以前のような生活に戻っており、自分でもそんな生活が信じられませんが、記憶を風化させないためには少しずつでも継続的な働きかけが重要ではないかと思います。また、私自身の仕事が震災復旧に関する工事に微力ながら携わっており、少しでも尽力していければと考えています。被災された皆様の一日でも早い復興を心よりお祈り申し上げます。(西田 直史(H15 経済))

福島県校友会総会訪問レポート1 現地からのレポート③

 9月23日(土)、震災復興委員会の復興支援の一環として、被災地校友との交流を目的に福島県校友会の総会に参加いたしました。今年は震災の影響もあり、開催を危ぶむ声も多かったそうですが、こんな時期だからこそ団結をと開催を決断されたそうです。
 私は東京で地震を体験しましたが、帰宅難民になったり、食器が割れたりする程度で大きな被害はなかったため、東日本大震災の悲惨さをテレビや新聞でしか知る事が出来ませんでした。しかし、校友の皆様から仕事先が被災したり、避難生活を余儀なくされている話を伺い、その大変さを痛感いたしました。にもかかわらず、福島県校友会の皆さんは一様に元気にされており驚きました。
 総会では母校から長田理事長や山中校友会会長がいらっしゃったのに感激される一幕や富田会長が義捐金を渡した際のエピソードで「私は卒業して何十年間立命館を意識したり、貢献する事もなかったのに、自分が大変な時に母校は自分を想いやってくれてうれしい」と涙ながらにお話されるのをうかがった際には、立命館が母校で良かったと愛校心を強く感じた瞬間でした。
 微力な自分一人の力で何が出来るか分かりませんが、被災された方々のためにも、少しでも東京で役立つ何かをしたいと考えております。フリーマーケットや福島県校友とのイベント共催など自分に出来る事を考えつつ、記憶を風化させることが無いように心掛けていきたいです。被災された皆様の一日でも早い復興を心から祈念しております。(森山 寛(H15経済))

震災被災地を取材して 現地からのレポート②
 初めて被災地に入ったのは、震災発生から4カ月以上が経った7月の末。最初に訪れた仙台の街では、たくさんの人や車が忙しそうに動き、どこの都市にでもある喧騒にあふれていた。その明るさは、現地入りすることに少なからず緊張していた私を拍子抜けさせるくらいだった。
 しかし、仙台から沿岸部に移動するうち、次第に声を失った。逃げたくなるような悪臭と体中にまとわりついてくる無数のハエ、果てることのないガレキの山。そっくり丸ごと荒地となってしまった街。そんな普通とは言えない状況の中で今もたくさんの方が生活し、絡んだ糸を少しずつほぐすかのように一つひとつ自分に出来ることに取り組み、それぞれの元の暮らしを取り戻そうとしていた。
 テレビや新聞という小さな「枠」を通してはわからない圧倒的な現実を目の前にして、その「枠」からの情報でおよそ理解していると思い込んでいた自分の愚かさが悔しく、無力さに胸が痛んだ。
 「私たちは今も震災中。まだまだずっと現在進行形なんですよ」と現地でお会いした方がおっしゃった。そう、震災はこれからなのだ。取材した方々が見せてくれた涙、そして笑顔を、決して無駄にすることなく、末永い支援を訴えていきたい。(校友会事務局 H)
絆、そして精神的支柱に 現地からのレポート①
 会報りつめい246号の取材において、家族とともにBKCで夏休みのひとときを過ごした福島市の校友に話を聞いた。放射線被曝の問題について、食べ物や飲み物、遠方への避難のことなど、子どもや孫への影響の可能性を考え深刻な悩みを抱える人が多く、しかも、情報の受け取り方に相当の個人差があるため、家族や親しい友人間であっても、本音を打ち明けるような話がしにくいという。
 「津波や地震による物理的な損壊こそないものの、放射線の見えざる脅威にこの先いったいどれくらい対峙し続けなければならないのかと考えると、その心理的負荷に押しつぶされそうになる」との悲痛な言葉もあった。
 ただし、その校友は「今ほど、立命館校友の絆の強さ、温かさを感じたことはない」とも語る。大学時代からの友人である大阪の校友が飲料水をケースごと大量に送ってくれ、同じく富山の校友は子どもの夏休みの受入先を献身的に探してくれたそうだ。
 「全国に立命館の仲間がいて、いつでも相談できるということは私達家族にとって何よりの精神的支柱である」。私達が展開する震災復興支援活動についても、東北地方をはじめとして各地で踏ん張る校友の精神的支柱となることを目指したい。(校友会事務局 N)

校友による復興支援活動などの紹介

福岡県出身の校友、平野桃子さん(H24)が岩手県大船渡市の正職員に採用されました!
2012年に盛町で行われた「灯ろう七夕まつり」での支援活動をきっかけに、採用試験の受験を決意し見事合格を果たされました。
平野さんを取上げた記事はこちら→「私らしい選択」市職員に 福岡県古賀市出身の平野さん 縁は七夕まつり支援
姫路立命会が復興支援活動の一環として、宮城県名取市教育委員会への「四字熟語かるた」の寄贈をされました。
※「四字熟語かるた」とは、尾上顧問が会長を務める姫路発明研究会が開発したもので、専用フォルダに一文字づつ漢字カードをはめこみ、フォルダと漢字カード双方もれなく熟語を完成させる知的グッズです。
詳しくはこちら→姫路立命会 校友の集いが開催されました!
森岡浩志さん(H19・文)がバスケットボールを通じて東北・仙台の方々に元気と支援金を届ける「東京~仙台 370キロ『元気玉』ドリブル横断」を行いました。
詳しくはこちら→東京~仙台 370キロ『元気玉』ドリブル横断
鬼丸昌也さん(H15・法)が創設されたNPO法人テラ・ルネッサンスが「大槌復興刺し子プロジェクト」を運営されています。
詳しくはこちら→大槌復興刺し子プロジェクトHP
Rits不動産ネットワークが「京都・鎌倉カレンダー届け隊」の協力団体として、被災地である南三陸町、陸前高田市へ24年新生活カレンダーなどを届ける復興支援活動をされています。
詳しくはこちら→「京都・鎌倉カレンダー届け隊」
広島県在住で行政書士の校友、馬場依奈美さん(H13・法)が被災地支援を目的とした「てごうし隊」を結成しボランティアバスツアーを実施されました。
詳しくはこちら→広島県東部校友会 会報『びんご』(2011年10月10日発行)
京都府在住で料亭「木乃婦」の三代目、髙橋 拓児さん(H3・法)が「SOUL OF TOHOKU(ソウル オブ 東北)」のシェフ・プロジェクトメンバーとして東北の食環境の復興と、未来の東北の食文化の進化を支援されています。
詳しくはこちら→SOUL OF TOHOKU
広島県在住で行政書士の校友、馬場依奈美さん(H13・法)が被災地支援を目的とした「てごうし隊」を結成しボランティアバスツアーを実施されました。
詳しくはこちら→広島県東部校友会 会報『びんご』(2011年10月10日発行)
宮城県在住の校友で河北新報社にお勤めの大泉大介さん(H7・国際)が取材・執筆された記事が河北新報のブログに掲載されています。
詳しくはこちら→東北にきぼうを生み出す、注目のキーパーソン「伝統の笹かま守る」
※宮城県在住の校友で笹かま製造「ささ圭」を経営されている佐々木圭靖子さんが取り上げられています。
新潟県在住の校友でプロの津軽三味線プレイヤー、小林史佳さん(H9・理工)が避難所を訪問し演奏会を開催されました。
詳しくはこちら(小林史佳さんオフィシャルブログ)→http://ameblo.jp/fproject/entry-10850518554.html
長崎県在住の校友、浦川英孝さん(S50・法)が社長をされています雲仙・普賢岳による被害を乗り越えて操業を再開した「霧永酒造」を紹介します。
岩手県宮古市の米を取り寄せて焼酎を作っていらっしゃいます。完成したら売り上げの一部を支援の一部に充てる予定とのことです。
霧永酒造のHPはこちら→http://www.nagasaki-muhyou.com/
仙台放送勤務の校友、津田洋さん(H17・政策)が関わっている浜のミサンガ、「三陸に仕事を!プロジェクト」を紹介します。
詳しくはこちら→http://www.sanriku-shigoto-project.com/about/index.html
※このプロジェクトは地元の方々に少しでも多く手仕事での収入を届けることができれば、との思いで始まりました。
福島県校友会 馬場幸蔵副会長が事務局長を務めていらっしゃる「NPO法人プロジェクト福島屋商店」を紹介します。
詳しくはこちら→http://www.fukushimaya-shoten.jp/
※安全でおいしいものを食べていただこうと、人と人との信頼をベースとした商品紹介を通じ福島県産品を販売されています!!
新潟県在住の校友、越後ごぜ唄奏者の萱森直子さん(S55・法)が、和服の寄付を募集し海外で販売して売上を被災地に寄付されました。
※現在は着物の寄付の受付は終了しております。
詳しくはこちら→オレンジ郡の有志、着物売って被災地支援―新潟
立命館大学応用人間科学研究科による「東日本・家族応援プロジェクトin遠野~2011~」が2011年11月1日~6日にかけて岩手県遠野市にて開催されます!
詳しくはこちら→「東日本・家族応援プロジェクトin遠野~2011~」
新潟県校友会HPに新潟県校友の皆さんによる震災復興支援活動が掲載されています!
詳しくはこちら→http://members.ecatv.home.ne.jp/rits-niigata/DOWN/2011/2011shinsai/2011shinnsai.htm
兵庫県在住の校友、大谷康子さん(政策)が立命館大学の被災各三県の校友会を通じて自書の絵本「星の王女さま」を寄付されました。
京都府在住の校友、西田庄司さん(H2・経営)が復興の願いを込めた「不死鳥手拭い」を作成し、岩手、宮城の避難所数箇所に寄付されました。
立命館大学陸上競技部OB・OG会から宮城県校友会・下村泰雄会長へ義援金並びに色紙が伝達されました。
詳しくはこちら→http://alumni.ritsumei.jp/news/004828.html